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古代インド

 インド最古の都市文明は、紀元前25〜18世紀頃、インダス川流域の広い範囲で栄えたインダス文明。最大の都市モヘンジョ・ダロハッラーは、同時代のエジプト文明やメソポタミヤ文明に見られるような王宮、王墓、神殿などは存在しなかった。この文明の担い手は、イラン高原から移住したドラヴィダ人という説が有力。

 紀元前2000年頃、アーリア人が中央アジアに移動、その500年後にはインダス川流域に進出したと思われる。バラモン教の聖典「ヴェーダ」には、火神アグニ(火天)が森を焼き、雷神インドラ(帝釈天)が悪魔を退治する様子が記されており、アーリア人が領土を拡大した様子が窺える。アーリア人の故郷は彼らの持つ言語から推測できる。すなわち、熊のいる森・鮭の泳ぐ川・狼が住む草原のある土地で、これに当てはまるのは黒海沿岸コーカサス地方。

 紀元前1000年以降、アーリア人はガンガー(ガンジス川)流域に進出、部族間で争いながら幾つかの小国家を誕生させた。世界最大の叙事詩「マハーバーラタ」は、実在したバラタ族の大戦争をテーマにしたもので、インド人が自国を呼ぶ際に使うバーラトはこれに由来する。

 紀元前6世紀頃になると、王国の数は16に達した。中でもラージャグリハを拠点とするマガダ国は、強大な軍事力と経済力で近隣諸国を圧倒した。仏教が誕生したのもこの時代で、文字の使用が始まり、貨幣が導入された。その頃インダス川流域のガンダーラ国がアケメネス朝ペルシャに征服され、紀元前326年にはマケドニアのアレクサンダー大王に侵略された。アレクサンダーはガンガー流域にも興味を示すが、兵士に厭戦ムードが蔓延したのでやむなく退却する。

 難を免れたマガダ国では、奴隷から国王に昇りつめたナンダ王をチャンドラグプタが倒し、紀元前317年頃、インド最初の統一王朝であるマウリア王朝を樹立した。王朝は第三代アショカ王の時に最盛期を迎え、仏教保護と仏塔建立が推し進められた。アショカ王の死後、王朝は徐々に衰え、紀元前180年頃に滅び、その後の数百年は各地に小国家が林立した。

 2世紀前半、イラン系クシャーナ朝の第三代カニシカ王の時代に、中央アジアから北インドに渡る大王国を築き上げた。ローマ帝国や後漢朝との交流が始まり、ガンダーラ美術と大乗仏教が誕生する。南インドではデカン高原一帯をドラヴィダ系のサータヴァーハナ朝が支配し、南端部にも王国が築かれた。

 クシャーナ朝は250年頃にササン朝ペルシャに滅ぼされ、代わって台頭したグプタ朝が北インドを征圧した。この時代はインド古典文化の黄金時代と言われ、インド史上最高の詩人カーリダーサが活躍、サンスクリット語が定着した。美術、建築、天文学、医学なども発達し、数学ではゼロの概念と十進方が発明された。550年頃、グプタ朝は遊牧民の侵入により滅亡、以後ハシャル王国の半世紀にわたる栄華が続き、その後は12世紀末まで群雄割拠(ラージプート)の時代が続く。

中世インド

 イスラム教徒の侵略は8世紀初頭から段階的になされ、トルコ系王朝が相次いで来襲、1206年にデリーを首都とするインド最初のイスラム王朝が誕生した。イスラム政権は初代の奴隷王朝(創始者が奴隷出身)から五代ローディ王朝まで、320年にわたり北インドを支配した。これを総称してデリー諸王朝(デリー・サルタナット)と呼んでいる。

 14世紀初め、デカン地方で最初のイスラム王朝バフマニー王国が興り、南インド最大のヒンドゥー教国ヴィジャヤナガル王国と対立した。1498年、ヴァスコ・ダ・ガマ率いるポルトガル船団が、インド航路を発見してインド西岸のカリカットに来航、香料貿易がもたらす富はヴィジャヤナガル王国を潤した。これにより王国は領土を拡大、各地にヒンドゥー寺院が建立され学問や芸術が栄えたが、デカン地方のイスラム諸王国との戦争に敗れ、王都は廃虚と化す。

 16〜18世紀半ばまではムガル帝国がインドを支配した。中央アジアの勢力争いに敗れた地方領主のバーブルはインドへ矛先を転じ、幾度かの侵攻後の1526年、デリー諸王朝最後のローディ朝を攻め滅ぼして、デリーの新しい支配者としてムガル朝を建てた。ムガル朝の支配層は、モンゴル系やトルコ系で、初代バーブル王はチンギス・ハンの13代末裔にあたる。

 第二代フマユーン王(在1530〜56年)は、ラージプート諸王国と戦い勢力拡大を目指したが、逆に中央アジアから興ったシェール・シャーに敗れて領土を失い、ムガル朝はここで一旦は滅びたことになる。敗れたフマユーンは失地の回復に死力を尽くし、再びデリーを取り戻すが、すぐに事故で死んでしまった。

 第三代アクバル王(在1556〜1605年)は幼少で即位するが、成長するにつれ戦果を上げて領土を拡大した。また目障りな旧臣を排除しながら、アーグラーに新しい城都を建設し、軍事行政に制度改革を行って中央集権体制を確立した。一方でインド旧勢力であるヒンドゥー教徒のラージプート出身者も登用し、インドを広く統治する柔軟な姿勢を示した。ムガル朝が帝国に成長したのもアクバル王の功績。

 第四代ジャハーン・ギール王(在1605〜27年)は、ペルシャ出身のヌール・ジャハーンを妻に迎えた。根が道楽者だったジャハーン・ギールは、政治を妻に任せたままになり、彼女の一族が宮廷で活躍した。宮廷ではペルシャ語が話され、絵画、建築、文学、衣装風俗の分野で、ヒンドゥー・インド的文化とペルシャ・アラビア的文化が融合した独特の文化が生まれた。

 第五代シャー・ジャハーン王(在1628〜58年)の妻ムムターズもペルシャ系で、有名なタージ・マハルはムムターズに捧げられた墓。シャー・ジャハーンは行政に遠征に活躍し、その治世は帝国の絶頂期とされている。しかし彼の晩年になると、皇子達の間に継承争いが起こり、第三皇子のアウラングゼーブが兄弟を殺し、父を幽閉して帝位に就いた。

 第六代アウラングゼーブ王(在1658〜1707年)は、軍事的統率力に長け、帝国の領土は最大の広がりを見せるが、一方では地方勢力の反発や直属家臣の離反が始まる。アウラングゼーブはこれまでの皇帝と違い、異教徒に対して強硬な統治を行ったので、ヒンドゥー教徒の反発を招くことになった。また、繁栄の中で見えない間に蓄積した政治や経済政策の矛盾も吹き出した。

 こうして帝国の繁栄は坂道を転げ落ちるように失われて行く。アウラングゼーブ亡き後、税制の破綻により国力が弱体化し、更にはヒンドゥー勢力の雄マラータ王国や、イギリスをはじめとするヨーロッパ勢の進出により、帝国領は僅かにデリー城の周辺だけになってしまった。

近世インド

 17世紀に入ると新興国オランダがインド洋に進出し、1602年に東インド会社を設立、斜陽のポルトガルを徐々に圧倒し香料貿易を独占した。オランダに後れを取ったイギリスも、18世紀初めまでにボンベイ・マドラス・カルカッタに要塞を築き、綿、染料、硝石などを輸入しながらインド支配を狙った。

 オランダは国内の政変で徐々に衰退、代わってフランスが台頭する。イギリスとフランスは、南インドやベンガル地方を舞台に対立、戦いの末イギリスが勝利を収めた。これによりイギリスは植民地拡大に専念し、デカン地方のヒンドゥー国マラータ連合に続き、パンジャープ地方のシーク教国を攻略、19世紀半ばまでにインド全域を支配下に入れた。

 イギリスの傲慢な植民地政策はインド民衆の反感を買い、1857年、イギリス軍インド兵(セポイ)の暴動が口火となり各地で反乱が勃発した。反乱軍はムガル皇帝を擁立してデリーを占領、一時はイギリス軍を圧倒したが、2年後に鎮圧された。最後のムガル皇帝バハードゥル・シャー2世は、反イギリス運動に荷担したとして廃位流刑となり、ムガル帝国は名実ともに滅亡した。1877年、イギリスのヴィクトリア女王がインド皇帝兼任を宣言、国王直接統治によるインド帝国が成立し、1885年にはビルマ(ミャンマー)が併合された。

近代インド

 第1次世界大戦をイギリスと共に戦ったインドは、戦後、独立闘争を開始する。その先鋒に立ったのが、インド国民会議派の指導者マハトマ・ガンジーだった。彼は非暴力抵抗運動を推し進め、第2次世界大戦中にイギリス人の追放を訴えて投獄されてしまう。

 イスラム国家を建設したいムスリム連盟は、1940年のラホール大会で分離独立を要求した。1947年にインド・パキスタン両国はイギリス連邦の自治領として独立が承認されたが、翌年の1948年、独立の父ガンジーがテロリストの銃弾により暗殺されてしまう。敬虔なヒンドゥー教徒だった彼の最後の言葉は「ヘイ・ラーマ(おお、神よ)」だった。

 独立後のインド・パキスタン両国は、カシミール地方の領有を巡って3度の戦争を経験した。インド・パキスタンの独立に際して、カシミール地方のマハーラージャが、イスラム教徒が多数でありながらインド帰属を選択したことが紛争の原因となった。1971年に東パキスタンがバングラデシュとして独立した後も、両国の対立は続いている。



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